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岡山地方裁判所 平成元年(わ)869号 判決

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五八年初めころ、相銀住宅ローン株式会社などから融資を受けて岡山市《番地省略》宅地二二六・八五平方メートルに自宅として木造スレート瓦葺二階建居宅床面積合計一二一・二八平方メートルを建築し、右借入金債務を担保するため同土地建物及び周辺付属土地五筆の上に抵当権を設定していたが、昭和六三年六、七月ころから、経営していた喫茶店等の営業不振などで、住宅ローンの支払いができなくなったため、予測される前記抵当権の実行を阻もうと企て、同年九月には右宅地及び居宅に新たに自己の妹を債権者とする抵当権設定登記及び賃借権設定仮登記を経由し、平成元年一月二六日、岡山地方裁判所が、相銀住宅ローン株式会社の申立てに基づき、前記土地建物について不動産競売開始決定(同庁昭和六三年(ケ)第四一六号)をした後は、かねてから自己が出入りしていた暴力団の威力を借りて競売を妨害しようと、同年三月ころ自宅玄関などに「岡山四代目木下会甲野組」と大書したプレートを掲げたり、その後更に甲野組組長に頼み込んで正式に同組の組員にしてもらうなど種々画策をしていたものであるが、同年七月中旬ころに、同裁判所が右競売事件について入札期間を同年八月二日から同月一〇日午後四時三〇分までとする期間入札により競売することを定め、右期間入札に先立って物件明細書、現況調査報告書等の写しを一般の閲覧に供するため同裁判所執行官室に備え置いたことを知るや、右書類の閲覧者に対し、自己が暴力団組員であることを誇示し、威力を用いて一般人の入札を断念させたうえ、知り合いの組関係者に廉価に落札してもらおうと企て、同年七月二〇日ころ、あらかじめ作成用意した「岡山四代目木下会甲野組」と彫った長さ約五・五センチメートルの横書きゴム印とスタンプ台を持って、岡山市南方《番地省略》所在の岡山地方裁判所執行官室に赴き、同所において、行使の目的をもって、ほしいままに、岡山地方裁判所執行官Bの記名がある同年四月七日付同執行官作成名義の現況調査報告書写し(複写機によるコピー)の、土地占有者欄及び当事者目録の所有者欄に各記載されている自己の氏名の直近余白に前記ゴム印を押捺し、もって、同執行官が、現況調査報告書中に競売物件の所有者兼占有者である被告人が岡山四代目木下会甲野組組員である旨を記載したかのような外観を作出して公文書である現況調査報告書写しの変造を遂げたうえ、これを、そのころから同月二九日までの間、一般入札参加者の閲覧に供するため同執行官室に備え置かせて行使するとともに、右のとおり競売物件の所有者兼占有者が暴力団組員であることを殊更示すことによって一般入札希望者の意思を制圧するに足る行為をし、もって、威力を用いて公の入札の公正を害すべき行為をしたものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示所為のうち有印公文書変造の点は刑法一五五条二項に、その行使の点は同法一五八条一項、一五五条二項に、競売入札妨害の点は同法九六条の三第一項、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するが、有印公文書変造とその行使との間には手段結果の関係があり、右行使と競売入札妨害とは一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項後段、前段、一〇条により結局以上を一罪として刑及び犯情の最も重い変造有印公文書行使罪の刑で処断することとし、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は、自ら住宅ローンの支払いを怠っておきながら土地、建物に居住を続けたいという身勝手な欲望に基づき、判示のとおり無法にも執行官作成の現況調査報告書を変造して、裁判所の競売手続を妨害したというものであって、動機に同情すべき点は乏しい。しかも、その手口は暴力団の名称を用いて入札手続に参加しようとする者にその参加を断念させようとしたものであり、現にその結果、執行裁判所はそのままでは手続の公正さが保たれないことから、入札期間を約二か月後に変更することを余儀なされた。更に被告人は右期間変更後の手続に対しても同様の妨害行為に及んでおり、犯情悪質というほかない。

しかし、幸いにも本件犯行は裁判所職員に発見されたため、手続は遅延したものの、結局は本件土地、建物が第三者に適正な価格で競落されていること、被告人は今後暴力団を離脱する旨誓っているうえ、すでに本件土地、建物を明渡しており、反省の情が窺われること、ここ一〇年間ほど禁錮以上の前科がないことなど、酌むべき情状も認められるので、これらの情状を考慮して、主文のとおり量刑した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 角田進 裁判官 香山高秀 裁判官増田周三は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 角田進)

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